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東京高等裁判所 昭和28年(う)2237号 判決 1953年11月14日

控訴人 原審弁護人 松尾黄揚夫

被告人 礎川栄太郎 弁護人 松尾黄揚夫

検察官 金子満造

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

本件を横浜簡易裁判所に移送する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人松尾黄揚夫作成名義の控訴趣意書のとおりであるから、これを引用して次のとおり判断する。

按ずるに、

破棄差戻或は移送後の第一審公判手続を如何にするかについては刑事訴訟法、同規則に何等規定はないが、事の性質上人定尋問起訴状の朗読から始め、順次破棄前の第一審公判手続と同じく証拠調を行うべきものであろう。

従つて破棄前の第一審公判廷における被告人、証人等の供述が記載されている公判調書或は証拠として取り調べられた司法警察員検察官等の供述調書の如き書面であつても破棄後の第一審公判廷において更に証拠として取り調べられない限り破棄後の第一審においては犯罪事実認定の用には供し得ないものと解しなければならない。何となれば破棄後の第一審裁判官は破棄前の第一審裁判官とは全く別個の裁判官であつて審理は新たに為されるものであり、刑事訴訟法第三九四条のように第一審において証拠とすることのできた証拠は控訴審においては更に証拠調を為すまでもなく当然に証拠とすることができるという如き特別の規定がない以上直接審理を原則とする第一審の訴訟手続の建前上当然のことであるからである。

なお、このことは同一審手続においても裁判官の更迭による審理更新の場合に刑事訴訟規則第二一三条の二に規定する手続が為されるべきものであることから考えても明瞭である。

ところで今本件記録中破棄後の第一審第一回公判調書(昭和二七年一一月二六日附)の記載を見るとこの公判で証拠調が為されたものは被害者の盗難被害顛末書五通、答申書一通、買取始末書四通、被告人の前科調書一通であつて原判決引用の破棄前の第四回公判調書(昭和二七年一月一〇日附)(証拠の標目一、二に該当)及び被告人並びに当山林助の各供述調書(同八、一〇に該当)は何等証拠調が為された旨の記載がないのである。その後の公判調書の記載を仔細に検しても右公判調書及び供述調書等が証拠として取り調べられた旨の記載は全く認められないのであるから、他に反証のない以上これらの書面は破棄後の第一審公判廷においては証拠として取り調べられなかつたものと認めなければならない。のみならず破棄前の第四回公判調書の記載によれば、右各供述調書は破棄前の第一審においては検察官から被告人等のその公判廷における供述の信憑性を争う為に即ち刑事訴訟法第三二八条の証拠の証明力を争う為に取調が請求され同条によつて取り調べられたものであつて、同法第三二二条の所謂自白調書として取り調べられたものではないのである。故に以上の書面は破棄後の原審においては証拠とすることのできないものと認めざるを得ない。しかるにこれを罪体認定の証拠に引用した原判決は明らかに訴訟手続に法令の違背がある場合に該当するものである。しかもこれらの証拠を除外した残余の証拠によつては原判決認定の被告人外一名が当銘某と共謀し当銘某は更に中村某と共謀しこゝに四名共謀の上原判示場所から原判示鉛インゴツトを窃取したという事実は到底認め得ないから、原判決は採証の法則を誤つた結果事実を誤認したことに帰する。この違背は勿論判決に影響を及ぼすものであり、結局論旨は理由がある。よつて原判決中被告人に関する部分は刑事訴訟法第三九七条に則り破棄すべきものとする。

而して本件は当審において直ちに判決するには適当でないものと認めるので同法第四〇〇条本文に則り主文のとおり判決する。

(裁判長判事 石井文治 判事 石井麻佐雄 判事 菊地庚子三)

弁護人松尾黄揚夫の控訴趣意

一、原判決は其の理由に於て『被告人両名は当銘某と共謀し当銘某は中村某と共謀し因て右の四名は共謀して昭和二十六年九月十日頃より同年十月七日頃迄の間に五回に亘り進駐軍横浜工作部隊(Y、E、D)より鉛インゴツト十五本を窃取した旨』を判示した。

しかし被告が当銘と謀議の上本件鉛インゴツトを窃取した事実については記録の何れの部分にも存在せず又提出の各証拠によつてもこれを認むるに充分な証拠はない。原判決摘示事実中に『当銘が連絡さして投込ませて三人でとつて来たのです』『中村が投込みました(一五三頁)』の供述記載を引用しているが原審に於て相被告人当山林助は『裁判官はこの時昭和二十六年十月三十日附鶴見警察署に於ける被告人当山の第一回供述調書を読み聞けた。そんな相談をしたこともありません又その様な相談をした覚えもありません』(昭和二八年二月六日第四回公判調書)と共謀の事実を否認しているし、被告人も亦(昭和二十七年一月十日神奈川簡裁第四回公判調書)裁判官の、問 仲間と一諸にやる気ではなかつたのか。答 私は五回目に当銘と喧嘩をしますと当銘は中村と云う人間がおるのでやらなければならないと云うのです……………と供述し当銘との間に共犯の意思のなかつたことを明かにしている。更に又被告人は中村某とは会つたこともなく話をした事もないことは全記録の上よりみて明かな処であるから、中村某と被告人と共同で本件の犯罪を犯したことは考えられない。仮りに当銘と中村某との間に本件犯行について謀議がなされたものとしても、それは飽くまで当銘と中村との謀議であつて被告人の関知しない処であるので当銘と中村との間に共犯関係は成立しても中村と被告人との間には何等の関係をも生じない。要するに原判決は共犯の理念である主観的には相互の理解に基く犯意の共同と、客観的要件である共同実行の要件であることを忘れ、強いて共犯関係を認めた違法がある。

二、原判決は横浜市鶴見区大黒町三十五番地進駐軍工作部際(Y、E、D)から本件の鉛インゴツトを窃取したと判示した。しかし鉛インゴツトの置いてあつた場所は検証調書第二図記載<イ>の場所であり、被告人が拾い上げた場所はそれより約四百米距てた場所の岸壁の外の(ロ)点である。しかもこの鉛インゴツトには進駐軍の所有又は保管するマークもなく随てこれが進駐軍のものであるとの確証はない。若しこれを飽くまで進駐軍所有の鉛インゴツトであると認定するには何人かが検証調書(イ)点より(ロ)点まで運搬して之を海中に沈めた事実が判然しない限り之を進駐軍工作部隊所有の品であると認定することは不可能であろう。随て他に確証ない限り本件の鉛インゴツトが原審証人金沢泰成の証言する被害数量六十本余の内の十五本であると判定することは早計であるし、進駐軍の被害場所が検証調書第二図(イ)点であることは原審証人渡辺顕敬金沢泰成の証言で明瞭であるので被告人が本件の鉛インゴツトを海中(ロ)点より拾て来ても直ちに(イ)点に置てあつた鉛インゴツトを其の置てあつた場所より窃んで来たと判定することは妥当ではない。尚ほ進駐軍横浜工作部隊が検証調書記載(ロ)の様な海中に鉛インゴツトを保管していなかつたことは証人金沢泰成の証言(昭和二十七年十二月五日)によつて明かである。

三、被告人は原審に於て犯意を否認している被告人は警察吏員の取調べに於て鉛インゴツトを盗で来た旨の調書が作成されている。しかし被告人は沌縄県人であるが故に言語も十分判別しなかつたので『海の中から盗て来たか』の問に対し『取つて来た』(拾て来たの意)と答えたつもりであるが調書は盗てきたになつているのである。此の点原審に於て弁護人は再三強調したが調書上明かでない。然し被告人に『盗て来る』の意思はなく、取つて来た、持て来た、拾て来たの意味で犯意はなかつたのである。最初は船で行つて海中に潜り魚をついていたのであるがその内に屑鉄などの海中に落ちているものを拾うようになり本件の鉛インゴツトもその拾つた品物の一部分である。従つて被告人に犯意はない。然るに原判決は犯意につき被告人名義の上申書(七九頁)を証拠に採用している。しかし右上申書は原審第四回公判調書記載の如く、裁判官尋問『被告人は昭和二十六年十月二十九日附で上申書を出しているがこれはどうか』裁判官はこの時記録七十九丁の被告人の上申書を読聞けた『私はそれを書いた憶えがありません、当時署の刑事さんが上申書だから名前を書けと云つてもつて来たもので私は中も読まず唯名前を書いて拇印したゞけのものです』被告人の意思により作成されたものでもなく被告人が書いたものでもない。

刑事の言葉に従て署名拇印したに過ぎない上申書はこれが直ちに被告人の意思の表現であるとすることは不当であり他に証拠がない限り証拠能力はない。之を要するに原判決は共犯の理念を誤解し審理不尽の結果、事実を誤認し、且つ採証を誤つた違法不当の判決であるので破棄されたい。

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